ハーモニカの構造
ハーモニカのリードは金属製で、それぞれのリードよりわずかに大きい穴を開けたリードプレートに取りつけてある。このリードプレートを木製あるいはプラスティック、また(近年現れたものであるが)金属製のボディに取りつけ、さらに金属のカバーで覆ってある。ボディにはリードの長さにあわせた溝が掘ってあり、前面の吹き口から吹き込まれた息で、それぞれのリードを振動させる仕組みとなっている。リードを取りつける向きによって、吹き吸い別々のリードを鳴らすことができる。「吹奏する楽器」であるが、いわゆるのような管体を持っていないので、管楽器という呼称はあまり用いられず、分類するなら(リードオルガン類)である。この事が口琴と言う名前の由来となっている
1820年頃に作られたオルガンの調律用の道具が起源といわれ19世紀中頃にウィーンで流行した。その後ドイツのトロッシンゲン(Trossingen)で改良が加えられ、中でもホーナー社(HOHNER)は米国市場の開拓につとめ世界的な楽器メーカーとなった。同社のマリンバンドという単音十穴ハーモニカはブルース奏者の愛用するところとなり独特の奏法も生まれた。ハーモニカは米国でマウス・ハープと呼ばれたため、ホーナー社はブルースハープというモデルを発売した(名称の由来は、本体を横から見た姿がハープに似ていると言う事から)。この名称は現在ではメーカーを問わず単音十穴ハーモニカの代名詞となっている。
ハーモニカはポケットに入れて持ち歩ける簡便な楽器であったため広く普及したが、半音が出せないためアンサンブルには不向きでありアマチュアの楽器と考えられていた。1920年代に現在と同じ構造のクロマティック・ハーモニカが開発され、ラリー・アドラー、トミー・ライリー、ジョン・セバスチャンなどのプロ・ミュージシャンも登場する。伴奏用の各種ハーモニカも開発され、数多くのハーモニカ・バンドがナイトクラブやステージショーの芸人として活躍した。
日本には明治の中頃に輸入され、明治末には日本産の製品開発が始まる。最初に製造発売したのはトンボ楽器製作所で、日本楽器製造がこれに続いた。大正から昭和初期にかけてハイカラ好きの若者の間でハーモニカは人気があり、各大学にハーモニカ・アンサンブルが作られるなど、マンドリンと人気を二分した。また、川口章吾や、宮田東峰などプロの演奏家も生まれた。日本では主に複音ハーモニカが使われ、ベース奏法やアルペジオ奏法、(日本ハーモニカ連盟では、「分散和音」と言っている。意味は同じ)など独自の奏法が発達した。楽器もドイツ製のオリジナルとは音の配列が違うものが開発されアジアに広まっている。
日本では太平洋戦争敗北以前は、「口琴」とも言われていた。プロの間では現在もこの言葉が使われている他、中国語圏でもこの表記が通用する。
ハーモニカはかつて(1970年代頃まで)日本の小中学校で学校教育用楽器としても用いられた。15穴の単音ハーモニカが小学校、上下式クロマティックハーモニカが中学校に導入された。しかし統一された方式が存在せず、教師もハーモニカの教育を受けたわけではないため指導が困難であった。現在、教育用楽器としては、鍵盤ハーモニカ(ヤマハの「ピアニカ」、鈴木楽器の「メロディオン」など)に取って代わられている。
「第4回アジア太平洋ハーモニカ大会2002厚木」(俗に言われる、日本ハーモニカオリンピック)を境として、ハーモニカ人口が再び増えてきている。ただ、レッスン場が不足気味、指導者の高齢等が問題になりつつある。音楽レッスン基本メソッドとして、有効とされる。基本的メソッドの成果として小学生プロも現れていると言う。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
意外と繊細な構造なんですね。ハーモニカ懐かしいです。
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